とりあえず以下の掌編小説にお付き合いください。
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「……帰ってこないな」
30分ほど前に近くのスーパーへみんなの分のアイスを買いに行った生徒が帰ってこないのだ。
「菱野先生、ちょっと様子見てきますね。」
「じゃあお願いするわね円野くん」
「アイス食べたいって言ったの僕ですし。ちゃちゃっと行ってきます。」
今日は母校の小学校で行われている「夏休みの宿題消化大作戦!」というイベントに
僕、円野修はOBスタッフとして参加している。
菱野先生が元々担任で断りきれなかったっていうのもあるけれど、
一応謝礼金も出るらしいし、割のいいバイトみたいなものだ。
しゃれにならない温度と湿度に、まさか熱中症で倒れてたりしないだろうな等と心配しつつ
スーパーまでの一本道、徒歩2分ほど歩いて行く。
すれ違うことないまま到着。自動ドアの向こうの冷気にちょっとだけ癒される。
高校生男子がスーパーに来ることなどそう多いわけでもなく、
ちょっと迷いながらアイス売り場へとたどり着くと、
「300かける6たす100かける8は……ええと…」
「もうボーデン14個でいいから帰ろ?」
「いやだめだ、すぐに諦めるのは良くないって菱野先生も言ってただろ?」
「すぐ帰って来なさいとも言ってた……」
「数分の説教でダッツが食べられるなら、俺はダッツを選ぶ!」
と、アイスケースの前で騒ぐ二人の小6。
倒れてなくて良かったが…。アイスも食べてないのに若干痛い頭を抑えつつ二人の背中に手をあてる。
「もしもし、士覚くん?三華さん?」
「わっ、エンシュ-か。こんなところで何してんだ?サボり?」
「円野修」という名前から、僕は不本意ながら知り合いからはエンシューと呼ばれることが多い。
不本意ながら。
「君らを迎えに来たんだけど。」
「だから早く帰ろうって」
「嫌だ!俺はダッツを食べるんだ!」
「ダッツ14個買ったらお金足りないよ」
「でもボーデン14個買ったらもったいないだろ!せっかく美味しいアイスが食べられるチャンスなんだぞ!」
「そう、だけど」
「ちょっとストップ、」
僕は二人の会話を止める。
「状況を整理しようか。」
士覚から聞いたところによると、今の状況は次の通り。
・菱野先生から3000円でアイスを14個買ってくるように頼まれた。
・余りは全額回収されるので、極力全額使い切りたい。
・三華との相談の結果、ダッツ(300円)とボーデン(100円)の2種類を買うことにした。
・14個のアイスはランダムに一人一個分配されると考えられる。
・そのため士覚がダッツを食べるには、できるだけ多くダッツを買う必要がある。
「ということだね?」
「そうそう。」
「……ダッツ8個とボーデン6個で3000円ピッタシになるね」
「ホントか!じゃ、買ってくる!」
「やっと帰れる…」
自動ドアの向こうは相変わらずの熱気だった。
早く帰らないとひどいことになりそうだ。
「でも、どうしてあんなすぐに計算できた?士覚は30分かかっても解けなかったのに。」
「どうせたまたま選んだ組み合わせがあたりだったんだろ?」
「いや、そんなことはないよ。さすがに。中学校で習う方程式ってやつを使うんだ。」
「ホントかよ?エンシューのことだし中学校で習うって言っとけば大丈夫とか思ってるだろ?」
「エンシューだしね」
「……なんで、僕はそこまで信頼ないの?」
話しながら、ふと思い出す。
「そういえば、同じような問題が夏休みの宿題になかったっけ?文章題の所で。」
「「え。」」
「まあ、小学生でも解こうと思えば解けるしね」
「どうやるの?」
「例えばさ、ダッツを14個買ってたら合計金額っていくらになってた?」
「えっと、300×14だから…3200円?」
「おしい、繰り上がりを忘れてる。正解は4200円。」
「3000円越えちゃってるじゃん。」
「そう、1200円も越えちゃう。じゃあ、今度はダッツを13個、ボーデンを1個買ったらいくらになる?」
「えっと、えーっと…」
「これは暗算厳しいかもね、答えは4000円。」
「ぴったりになるまでやるつもり?」
「いやいや、それはしないよ。掛け算はこれで終わり。」
「うそだー。」
「ダッツ14個だと4200円、13個だと4000円。
ってことはダッツをボーデンと一個取り替えるたびに200円安くなるってことになるよね?」
「それがどうしたんだ?」
「14個買った時っていくら越えちゃったんだっけ?」
「1200円」
「1個取り替えるといくら合計金額が減るんだっけ?」
「200円だろ」
「ってことは1200円÷200円=6となるから6回取り替えればいい、6回取り替えたらダッツは」
「あ、8個残る。」
「そういうことだね」
よしよし、分かってくれたか。
学校についたしちょうどいいタイミングか。
「どういうこと?」
「え?」
「取り替えたら200円安くなって……だめだ!よくわからん!」
ここで取れる道は2つある。
一つは頑張って同じことを説明すること、
もう一つは…
「じゃ、裏技教えてあげるよ」
「裏技?」
「この手の問題は図を書くと何も考えずに解けるんだよね」
僕はその辺の小枝を見つけてグラウンドに図を書く。
「横の長さが買うべきアイスの数、縦の長さが一個あたりの値段ということにしよう。
そうすると、左側がダッツ分のお金、右側がボーデン分の値段ということになる。
あと、横の長さがアイスの個数を表すわけだから、2つの四角形の横の長さの合計はアイスの合計と同じ14個ということを覚えておいて。」
「それで?」
「L字型の右上の部分に点線を引いて、四角形にしてやる。そうすると四角形の面積はいくつになる?」
「14×300は…4200だろ?さっきやったし覚えてるぞ。」
「そうだね。ところで、実際には3000円しか使えないわけだけど、L字型の部分が同じ値段になる。
それぞれの四角形の横の長さが買うべき数なわけだから。」
「う…ん?そうなのか」
「まあ、L字型が手持ち金額の合計にしとけばいいと覚えておけばいいよ。それで解けるし。
で、そうすると右上の点線の四角形の面積は4200-3200で1200になるね。」
「で?」
「まあ、そう急がずに。この点線の四角形の縦の長さっていくつになる?」
「え?左のやつの縦が300で、右側のが100だから…200か。」
「そうそう。ってことはこの点線の四角形の横の長さは1200÷200で6になるね。
ところで、この横の長さってどっかと同じじゃないっけ?」
「あ!下の方にボーデンの数って書いてあるぞ!」
「そう。ということはボーデンを6個買えばいいわけだね。」
「ふーん。なんとなくわかったような」
「まあ、慣れればこれ使えば何も考えなくても解けるからね。」
よしよし。
と、思っていたのだが…。
「…。」
三華が何も言わずに裾を掴んでくる。
「三華?」
「アイス」
「あ!」
「で、円野くんが行ったのにもかかわらずこれだけ時間がかかり、アイスもダメにした、と。」
「すみません……。」
「それで?」
「え?」
「今日の生徒13人と私の分のアイスは?」
「え、と、お金は…」
「ん?ダッツ14個買いに行かないんですか?」
「可及的速やかに戻ってまいりますっ!」
あとは、特に面白いこともありませんでした。
熱中症で倒れないぎりぎりの速度で徒歩2分のスーパーを往復し、
行き着く暇もないまま小学生の宿題の解説をして、
バイト代替わりに冷やし直したアイス14個を渡されて、
僕の夏休みのある日は過ぎて行きました。
そういえば、三華達はアイスを「14個」しか買ってなかったけど…。
まあ、気にしたら負けかな。
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ということで、
物語の中に解説をぶっこむ、ドラえもんの学習まんがメソッド小説版をお送りしました。
以下は今回扱った「アイスの個数問題」について
思うところをつらつらと。
今回紹介したのは「鶴亀算」という特殊算(文章題の難しいやつ)の中でもメジャーなやつです。
よくある例題は名前の通り、
「鶴と亀が併せてX匹います。足の数は併せてY本です。それぞれ何匹いるか答えなさい」
みたいな感じです。
文章題は実用上何の役に立つのかわからないみたいなツッコミはありがちなんですが、
鶴亀算を「決められた個数の中で予算を使い切る問題」と捉えると、
割と現実でも起こりうるシチュエーションに落とし込めるのかなあと思って書いてみました
解法に関するコメントとしては、
鶴亀算は特殊算解法の中でもグレーゾーンがかなり少ないという特徴を上げておきます。
特に中学受験において、こんなかんじの問題を方程式無しで解くことを要求されてるのですが、
ものによっては「これは本質的には方程式ではなかろうか」みたいなものがたくさん出てきます。
その中でも鶴亀算はそういうのなしで解けるので綺麗ですね。
ただ、これを綺麗と思うには多分中学数学を突破できる程度の「知識と感覚」は必要だと思いますし、
小説内での説明程度では小学生が一発で理解するのは無理な気がします。
(自分もそうでしたし。)
図による解法は覚えさえすれば超機械的に解けるので便利っちゃ便利なんですが、
少しひねられるといきなり使えなくなります。
例えば、こんな感じ。
「円野くんはあるクイズゲームをプレーしています。
このゲームでは正解すると3点プラスされ、不正解だと1点マイナスされます。
クイズが15問、円野くんの最終得点が25点のとき、円野くんの正答数を答えなさい」
マイナスが入ると図示作戦は崩壊します。
一方差に着目する方法では、一回「交換」する度に4点減るということさえ理解できれば、
同じ枠組みで解くことが可能です。
(小学生にマイナスの引き算の概念教えるのもそれはそれで大変なんですが)